ソバライスひらの

No.05

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お好み焼きの限界を破る

ソバとライスの“二重層”

腹ペコヤングは「ひらの」におまかせ!

広島といえばお好み焼き、そしてお好み焼きと切っても切り離せないのが名物オカンの存在だ。アツアツの鉄板を前に細腕一本・ヘラ二丁で自らの人生を切り拓いてきたたくましさ。広島はそんなファンキーなゴッド姐ちゃんの巣窟だが、「ひらの」の平野満代さんもそのひとり。若い子のハラを満たすことに30年以上を捧げた生粋のオカンスピリット。ただ食わせたい――その想いが広島のお好み焼きを別次元へと引き上げた。

(取材/絶メシ調査隊  ライター名/清水浩司)

日常使いのお好み屋店内は
サインと写真がいっぱい

ライター清水

「どーもどーも。回数を重ねるにつれ、だんだん態度がなれなれしくなる絶メシ調査隊広島支部隊員番号001の清水浩司です。今回のターゲットはお好み焼き。いわずと知れた広島のソウルフードですよ。よく広島に来たミュージシャンが気を遣って『私、大阪焼きより広島焼きの方が好きなんです~』とか言うけど、あれ逆に自爆行為だからプロモーターの方々、絶対やめさせてあげてくださいね(“広島焼き”は県内NG)。さーて、今日もいつものように一枚平らげにいっちゃるか(←もはや普段着)」

今回ライター清水が向かったのは、広島に星の数ほどあるお好み店の中でも、腹ペコ学生たちにとって聖母と書いてマドンナと読む平野満代さんが営む「ひらの」。ここは全国高校サッカー選手権で優勝経験もあるサッカー強豪校・皆実高校がすぐそばにあることもあって、昔から生徒たち御用達の店。ちなみに皆実高校はプロサッカー選手はもちろん、侍ハードラー・為末大、今はまだ人生を語らず・吉田拓郎、♪さーすらお~・奥田民生など多くのレジェンドを輩出した有名校である。

ライター清水

「お邪魔しまーす、絶メシ調査隊、略してゼッチョーの清水です。本日の取材よろしくお願いします」

平野さん

「はい、いらっしゃい。よろしくね」

ああ、広島のオカンだ……(涙)。

ライター清水

「店内にはいろんな人の写真やサイン色紙、ユニフォームがいっぱい飾ってありますね。サッカー選手が一番多いかな?」

平野さん

「そう、これは森重(真人: FC東京)くんの。皆実じゃったけえね。川辺(駿:サンフレッチェ広島からスイスに移籍)くんのもええ写真じゃろ? サイン入れてもらったんよ」

ライター清水

「森保一日本代表監督のサインもありますね」

平野さん

「森保くんもよう店に来てくれてね。サンフレッチェの監督のとき、店がいっぱいで列ができてて、その中に森保くんも並んどって。お客さんが『サンフレッチェの監督さんが並んどるで』って教えてくれたけど、『自分はここで待つから先にせんでもええよ』って。ほんまに腰が低いええ人よ」

 

ライター清水

「ほかにもカープ栗林良吏選手や元サンフレ稲垣祥選手(現・名古屋グランパス)のサイン入りユニ、写真や色紙はポルノグラフィティ、ケミストリー堂珍嘉邦、皆実OB奥田民生、まいうー石塚英彦、手越祐也さんからは『100歳まで焼き続けてね』のメッセージ……などなど、お母さんいろんな人に愛されてますね」

平野さん

「サンフレッチェの選手のサインや広島ドラゴンフライズ(バスケチーム)の選手のシューズとかいっぱいあるけど、みな裏にやったわ!

ライター清水

「案外モノには固執しないタイプなんですね……」

と、アイスブレイキングなトークを繰り広げた後、いよいよ本題へ。今回ひらのでいただくのはコレですよコレ。

ひらの名物「ソバライス」、これうっすらと想像がつくようにソバ入りお好み焼きの中に、さらにライスが装填されているというシロモノ。「そばめし」のお好み版というか、「お好み定食」をひとつにまとめた感じというか。大事なことなので太字で書いておきましょう。本日ご紹介する絶メシは――

 

「ひらの」のソバライス 750

 

はたしてその現物はどんなものか? それではクッキングスタート!

意外なソバライスの真実
君はまだ米の入れ場所を知らない

ライター清水

「本日は実況スタイルで解説しましょう。まず鉄板に乗せられたのはソバライスのライスの方。軽くラードをかけて、ドドッと入れるのは乾燥ガーリック。ナゾに包まれた覆面ライスの正体は実は栄養満点のガーリックライスだったァ!」

ライター清水

「そんなライスの横で着々とお好みを育てていくという、まさかのマダムの二股愛。ここでのポイントは厚さ5ミリにカットされた厚手の豚バラ肉。厚いだけじゃなく、品質もそんじょそこらの豚とは大違い。なんと広島名産の“もみじ豚”を惜しげもなく投入だァ!」

平野さん

「もみじ豚は広島で一番おいしい豚。これは焦げても柔らかいし、冷めてもおいしいんよ。あと、私は油を使わんで全部この豚から出る脂でやっとるからね」

 

ライター清水

「確かに、普通は鉄板に油を引くのに使ってない。こう見えて実はヘルシーというギャップ攻撃も炸裂だァ! そして……ええええッ!」

ライスそこに入れるの?

そしてお好み全体、接合ヨーイ!……(接合ヨーイ!)

 

いざ、ドッキング完了。

これ、山だよ……お好み山!

そこに山があるならば、どれほど高くても登るのが男ってモンだろ?

 

いくぜ、ベイビー……

オレのヘラに付いてきな。

戦闘開始のゴングが鳴る。

ライター清水

「ひらの名物ソバライス、いただきます!」

あちあちあちあち!!

ハフハフハフハフ!!

ライター清水

「うおっ、まず豚肉の厚みが違う。カリッと揚がってるし、噛むとジュワーッと豚のうまみが染み出てくる。さすがもみじ豚、味の存在感が格別だッ。そして口に入れたときのボリューム感。胃袋を直撃するソバ&ライスのツープラトン攻撃。んんん?……なんだこの口に残る香ばしい後味は?……あ、最初にライスに振りかけてたガーリックだ。ライスにしっかり下味が付いてるから、それだけでもおいしく食べられてしまうんだ……あ、えええッ!?」

お母さん、チョット上の空……

お母さん、これから話を聞くのでもう少しだけ付き合って!

ハラを空かせた若者と
おせっかいオカンの邂逅

ライター清水

「そもそも平野さんは、どうしてお好み焼き屋をはじめたんですか?」

平野さん

お金が必要になったから(笑)。パートで貯めた100万円を元手に店を出したんよ。あれは平成元年だから、32年前じゃね」

ライター清水

「お好みはどこでマスターしたんですか?」

平野さん

「私、お好み焼きを習いに行ったことないんよ。今みたいにお好み焼きの学校があったわけじゃないし、食べに行ったりもしなかったし。完全に自己流。それまで家でも作ったことなかったけぇね」

ライター清水

「経験ゼロでお好み屋オープン……でも自己流だからこそ、ソバライスみたいな独自の発想が生まれたのかもしれませんね」

なんだかワケアリな事情で無鉄砲にスタートした「ひらの」。当時この地域はお好み激戦区で、諸先輩方からは数々の“かわいがり”を受けたらしいが、そんな中で平野さんを助けてくれたのは近所の学校に通う学生さんだった。すぐに広島大学医学部の学生たちのたまり場となり、現在の場所に移ってからは皆実高校の学生たちが頻繁に足を運ぶようになる。ハラを空かせた若者たちと、世話好きのおっかさんの幸せな邂逅。やがて皆実高校サッカー部⇒卒業生が入団したサンフレッチェ広島⇒スポーツつながりでカープやドラゴンフライズの選手たち……と、ひらのを愛する人の輪はどんどん広がっていく。

ライター清水

「やっぱり若い子たちと話すのは楽しいですか?」

平野さん

「若い子はなんでも知っとるけぇね。パソコンのこととかスマホのこととか。私はわからんことが多いんで、教えてもらえるのはありがたいね」

ライター清水

「で、ソバライスができたのはいつなんですか?」

平野さん

「店を出したはじめからあったんよ。でもごはん5合炊いても、1日に1枚も売れん日があって。まあ、そんな料理、当時はどこにもなかったけぇね。それが半年くらいしたとき、一人の高校生が『おばちゃん、ごはん食べたいけぇごはんをお好みに入れてや』って言ってきて。そしたら『これ、おいしい!』ってなって、そこから火がついて。テレビで紹介されるようになってからはすごかったよ」

ライター清水

「最初はソバライス、理解されなかったんですね」

平野さん

「今は1日にお米10キロ、普通の家庭の1ヶ月分くらい炊きよるけどね。さっきも高校生が10人くらい来て“5・5(ゴーゴー)”とか“6・6(ロクロク)”を食べていって」

ライター清水

「なんすか、その“5・5”とか“6・6”って? メニューに載ってないですよ」

平野さん

「それは高校生が決めた特別メニューで、5・5”は麺5玉・ごはん5杯入った大きいソバライス。1,000円でそれを2人で分けるけぇ、1人500円よね。6・6”は麺6玉・ごはん6杯入り。それは1,100円だから、1人550円」

ライター清水

「麺5玉・ごはん5杯入りのソバライスってどんな巨大なソバライスですか!? そんなバケモノみたいなお好み焼き、食べられます?」

平野さん

「高校生は普通に食べるよ。それにこっちも普通にソバライス10枚焼くより、そっちの方がラクじゃけえね」

 

麺5・メシ5のソバライスが2人分。麺1・メシ1のソバライスが750円なのに麺5・メシ5は1,000円……って、もはや分量も値段も完全に計算が狂っているが、それがひらのの愛の不時着場所。ド素人からお好みをはじめて33年の平野さんは、いまこんなことを思っているという。

平野さん

私、お好み焼きを焼くために生まれてきたと思うんよ……だって寝てても頭にトッピングとか浮かんでくるんよ。『明日は納豆を入れてみよう』って。そしたら納豆がバカ売れするし、山かけ(とろろ)やコーンを入れる店なんて当時なかったからね」

 

ライター清水

「お好みが天職ってことですか?」

平野さん

「そう。私、もうすぐ75になるけど、今もお好みを焼くときはとにかく楽しいから。めっちゃ楽しい! この前もワクチン打って『手が上がらんようになる』って言われたけど、水を打ったんじゃないかっていうくらいなんともなかったけぇね。アハハハハハ!」

鉄板は若者を救う。そして、お好み愛はコロナにも勝つ。お好み焼きを焼くために生まれてきた広島のおっかさん、お茶目なフォトジェニックぷりはフォーエバーでいてね。

 

じゃ、最後にもう一枚撮るよ。

カシャッ!

取材・文/清水浩司

撮影/キクイヒロシ

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後継者求む!

写真

初心者でも構いません。心からお好み焼きを焼きたい、自分で商売をしたいと思っている人なら誰でも受け入れます。これまで「ひらの」という店名でのれん分けして、福岡にお店を出した子が1人います。根性のある子なら、こちらも一生懸命教えます!