モツとテールデンスケ

No.01

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天上天下、唯デンスケ独尊
このテールスープ只事じゃねえ!
広島の復興を支えた歓喜の一杯

一度逢っただけなのに、何度も夢にあらわれる愛しいあなた……それを恋と呼ぶならば、これまで「デンスケ」のテールスープに恋焦がれてきた人は一体どれくらいいるだろう? 文字通り、牛テールの持つうまみを骨の髄まで絞り出した一杯。それは“美味い”のキャパシティを超え、ほとんどオーガズムにも似た魔力的な快感を呼び覚ます。実は広島の戦後復興を支えたパワーフード、その味を辿るマジカルミステリーツアーに行ってみるの巻!

(取材/絶メシ調査隊  ライター名/清水浩司)

入店1分で厨房に潜入成功
丁寧な仕込みに感服する

ライター清水

「はじめまして。絶メシ調査隊広島支部隊員番号001の清水浩司と申します。大ファンだった『絶メシリスト』が広島でも行われると聞いて、一も二もなく志願した次第です。見た目はただのおじさんですが、胃袋は若干おじいさんの領域です。広島の絶対絶やしてはいけないイイ味とイイ味の染み出たお店の方々をお伝えすべく、誠心誠意がんばるぞう!」

大人にならないとわからない良さって世の中にいっぱいあるけど、渋い系のお店や沁みる系の食事というのもそのひとつ。やっぱり若い頃ってキャッキャしてたり華やかなものに魅せられがちじゃないですか。「だけどオレ、もう本質的にいいものしか愛せないから」……そんな真夜中のダンディーが全幅の信頼を寄せるのが、1946年創業「デンスケ」のテールスープ。戦後の焼け野原で生まれ、広島の復興を支えてきたお店の傑作の一品。店はオシャレな服屋さんが並ぶ広島市中区の並木通り沿いのビルの3階にある。

店の入口にはわれら調査隊を出迎えるように、大柄なタヌキ和尚が立っていた。

おし、やっときますか。真夜中のダンディーとして。

あいたたたたたた! 誰か、誰か助けてェ~!!

これでよし(自己満足)。さっそく店に入ってみよう。

ライター清水

「こんばんは、絶メシ調査隊です。本日は取材にやってまいりました」

下井さん

「テールスープの取材じゃろ。スープ、だいぶええ具合になっとるで。見てみるか?」

ライター清水

「いきなり厨房入っちゃっていいんですか? おお、コトコトいってますね。これが伝説のテールスープか……」

ライター清水

「ものすごく弱火で炊いてますね。これは何時間くらい炊いてるんですか?」

下井さん

「朝の8時からじゃけえ、いつも10時間くらいは炊いとるね」

ライター清水

「この釜いっぱいで何人分あるんですか?」

下井さん

「これで牛の尻尾5本分が入っとるんよ。だいたい1頭で4~5人分とれるけえ、ゴシニジュウで20~25人分かな? ウチのテールはボリュームあるけぇね」

ライター清水

「ずっとスープの表面に浮いたものを取ってますけど、アク取りですか?」

下井さん

「いやいや、これはアクじゃなくてニカワ。ウチは骨ごとテールを炊いとるけぇ、表面にニカワが浮くんよ。骨から出るゼラチン質で、昔は接着剤で使いよったね。ほら、手ェ出してみぃ」

ライター清水

「ニカワって牛の骨から取れるんですか!? ほんとだ、すごくネバネバする!」

下井さん

「アクは血の塊でね、そういうのは最初にガーッと炊いたときに出るけぇ、釜ごとひっくり返して洗い、肉も洗って、きれいな状態にしてまた炊きはじめるんよ。最初は強火で炊いて、そこからは小さい火でじっくり炊いていく感じじゃね」

ライター清水

「ゴホゴホゴホッ! めっちゃコショウかけますね」

下井さん

「いまコショウをバカバカかけたの見て、すごく辛そうって思ったじゃろ? でも食べたら意外と辛くないんよ。スープの脂がコショウをコーティングしてくれるけぇね。これでネギを盛ったら、テール1人前できあがり!」

ライター清水

「早くその汁をすすってみたくてたまりません!」

一度すすればトランス状態
剛腕のうまさにKO寸前!

なんだこの無言の威圧感は……

まず撮影用に中のテール肉をリフトしようとするが……

肉が大きすぎてネギ山が崩落寸前

下井さん

まず先にネギを沈めて、スープの余熱でネギがしんなりしたところを肉と一緒に食べるんよ。間違っても先にスープをすすらんこと。脂が表面をおおっとるけえ、先にスープをすするとヤケドするよ」

ライター清水

「あぶねえ……クチビルヤケド一直線でした」

こういうことですか?

そしてこうですか?

ライター清水

「テールは骨ごと入ってるんですね。ああ、箸でつかむと肉がホロホロ崩れていく!」

下井さん

「骨をつまんでブルブル震わせると、肉が勝手に取れていくよ」

ライター清水

「もうガマンできません! ほぐれた肉をネギと合わせて……いただきます」

鳥肌、キターーーーーー!!

ライター清水

「ナニコレ! 信じられないくらいウマイ。肉もうまければネギとの相性も抜群。サイコー」

下井さん

「尻尾の肉は固い肉じゃけど、炊くと柔らこうなるからね。でがらしにして捨てるのはもったいないけぇ、その直前で止めとるんよ」

ライター清水

「スープもそろそろ冷めてきたかな……クゥゥゥ、うますぎる! 表面を脂が覆ってるのに味はしつこくない。永遠に飲んでいたい。うまみエナジードリンクですよコレ!」

下井さん

「ははははは。あれだけガバッと入ってたコショウも『どこにおるん?』って感じじゃろ。でもスープを飲むとコショウが身体に入るけぇ、あったまりますよ」

スープの味付けはしょう油とうま味調味料が少々、あとはコショウのみ。つまりスープのほとんどがテールから溶け出した成分で構成されている。だからだろうか、うまみの芯が太いというか、丸太で後頭部をブン殴られたような強靭なうまさがある……って、わたくし感動を伝えようとして思いきり饒舌になってます!

下井さん

「あと、さっきテールの骨を横の皿に出したじゃろ? その骨をくわえて、グーッと吸ってみんさい。甘めな汁が出てくるけぇ」

ライター清水

「テール&ネギのマリアージュ、超濃厚なスープ……それに加えて、まだお楽しみあるんですか? こうですか?」

ちゅ~~~~~~~~~~。

ライター清水

「ナニコレ!? 骨から汁が出てくる! これ、骨に染み込んでたスープですか?」

下井さん

「それは骨の髄。その髄がスープの素で、これまで骨の繊維の間を埋めてたニカワが溶けたけえ吸えるようになったんよ。『骨の髄までしゃぶる』とよう言うけど、昔の人もこれを知っとったんじゃろうのぉ」

ライター清水

「骨髄の最後の一滴まですすり倒す。ここまで肉を味わい尽くしたのは初めてです!」

広島県観光連盟の広告に抜擢
起用理由は“なんともいえん顔”!?

テールスープのあまりの衝撃に興奮して、ここまで相当の文字数を使ってしまった。ここからはデンスケの歴史について説明しよう。デンスケをはじめたのは、良昭さんの父の下井松美さん。原子爆弾で奥様を亡くした松美さんは、広島の大手肉屋の娘と再婚。その家のおばあちゃんが「娘の婿殿のためうまいものを食わしてやらにゃあ」と出してくれたのが、このテールスープだった。戦後すぐの当時はもちろん肉自体が貴重品。そんな中、貴重部位である尻尾をふんだんに使ったテールスープなど誰も食べたことはなく、松美さんも「こんなにうまいものがあったのか!」と感動したという。

松美さんは1946年以降、居酒屋やお好み焼き屋、甘味処などいろんな店を開くが、どうしてもテールスープの味が忘れられない。そして1957(昭和32)年、デンスケをモツとテールの店にリニューアル。屋台での営業から「どんぐり横丁(現“お好み共和国”の場所にあった)」へと進出し、さらに現在の場所に「デンスケ横丁」を造って移転する。気付けばデンスケのテールスープは広島の繁華街・新天地で60年以上愛される味になっていた。

ライター清水

「(店の歴史を聞き終えて)……そっか、このテールスープは戦後広島の復興を支えてきたんですね。みんなこれを食べて精を付けて、また明日も頑張ろうって……」

「で、タンとシロはお義父さんの機嫌のええときに、好きなお客さんにウンもスンも言わず出すんよ。隣のお客さんがそれをくれって言ったら『おまえには10年早い!』って」

「そう、じいちゃんは25年前まで店に出て、レジに座って店内に目を光らせとって。じいちゃんに認められんとこの店にはおられんけぇ、お客さんが一番緊張しとったね」

ライター清水

「……なんとなく想像付くんですけど、良昭さん、このお2人どちら様ですか?」

ライター清水

「松美さんがデンスケの歴史を作ってきたことはわかりましたが、良昭さんはいつ店を継いだんですか?」

下井さん

「継いだっていっても、小学校から店はずっと手伝っとるけぇね」

美子さん

「なんやかんやいって、私も中学校1年生のときから店に出てますから。お客さんからも『昔はかわいかったのぉ~』『じいちゃんに似てきたのぉ~』って。ははははは!」

ライター清水

「(だんだん店内がカオス化している……)あ、良昭さん、去年の広島県観光連盟のポスターにもなってるじゃないですか!」

下井さん

「ほうなんよ。観光連盟の人がお客さんにおって、『ポスター作るけぇ協力してえや』って言われて。写真撮るんじゃったらスーツ着んといけんのぉって思よったら、そのままでええって。これ普段着のままよ」

美子さん

「モデルに選ばれたのが10人くらいおって、その中で『新聞に出すなら、この人がええ』って言ってくれた人がいて。その人が言うには『なんともいえん顔をしとる』って(笑)」

ライター清水

「広島の実家のオヤジ代表って感じですね。良昭さん、いま74歳でしたっけ? お肌ツヤツヤだしお元気そうですよね」

国子さん

「ネエ、私の年齢も聞いて!」

ライター清水

「え、いいんですか? お母さんいくつです?」

国子さん

「77!」

美子さん

「私は52。今も化粧しとらんで、口紅しか付けとらんよ」

ライター清水

「えー、3人とも全然そんな齢に見えないですよ。やっぱりスープのコラーゲン効果ですかね。良昭さん、調子悪いところないんですか? 跡継ぎのこととか考えたりしないんですか?」

下井さん

「わしにやらせぇっていうお客さんもおるけど、『そうはいくかい!』って」

美子さん

「両親2人とも持病の1つや2つはありそうなのに、何ひとつ悪いところないんです。血圧も悪くないし、ピンピンしとるんです。腹立つじゃろ~?

ライター清水

「腹は立たないです! これは奇跡の親子として記念写真撮りましょう。3人とも近づいて……あー、いい笑顔だ……ハイ、チーズ!」

テールスープのヒミツに迫った前半戦から、下井家の団欒トルネードに巻き込まれた後半戦へ。しかしその両方がデンスケの魅力。実際これを書いてる今は取材日から2日経過しているが、舌が覚えた快楽のせいで今すぐデンスケに行きたくて仕方ない。肌ツヤよすぎて蝋人形にすら見えてくる下の写真を見てもそう思うなぁ。♪あの日、あの時、あの店で、下井家のみなさんに会えなかったら~――思わず口を突いて出るメロディ。

そう、「ラブ・テールスープは突然に」。

元ネタわからない若人のみなさんは、お父さんかお母さんに教えてもらってね!

取材・文/清水浩司

撮影/キクイヒロシ

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