中華そば上海総本店

No.11

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臭いは強烈でも味はあっさり

安心の広島ラーメンど定番は

濃厚な家族の絆がダシになる!?

日本の国民食・ラーメンは地域によって特色があるが、広島市にも“広島ラーメン”と呼ばれる定番がある。それはしょうゆトンコツ&中太麺の組み合わせで、トンコツベースではあるものの九州地区ほどの濃さはなく、あっさりマイルドな味わいがデイリーユースにちょうどいい。そこにはラーメンというより“中華そば”という言葉が似合う、しみじみしたノスタルジーが漂っている。今回はそんな広島ラーメンの人気店から、店を通り過ぎるとき誰も一度は振り向くこと必至の「上海総本店」を紹介しよう。

(取材/絶メシ調査隊  ライター名/清水浩司)

市街地を支配する強烈臭の
発信源は“ザ・中華そば屋”

ライター清水

「みなさんどうも、『広島トワイライトゾーン』のお時間です。今日のお相手は絶メシ調査隊広島支部隊員の清水浩司です。今わたくしが来ているのは広島の中心部である八丁堀の京口門公園周辺。このあたりは県庁に中央警察署、合同庁舎などが建つ官公庁エリアですが、ここに世にも奇妙なエリアが存在するというウワサが流れています。なにやらそこを通るだけで強烈なトンコツ気流に巻き込まれ、どうしてもラーメンを食べたくなる飢餓状態に陥ってしまう三差路、その名も“T(=トンコツ)ゾーン”……はたして令和の時代に、そんな場所が存在するのでしょうか?」

ここが噂のTゾーンか……

ん、トンコツ気流キャッチ!

未曽有の臭気の出元はここか!?

間違いない、ホシはこの中にいる。

さっそく突入してみよう!

 

ということで、ライター清水がガサ入れしたのは広島市中区八丁堀にある「上海総本店」。確かにこのゾーン、ライターも自転車で走っていると突然のゲリラ臭に襲われ、クラクラした記憶がある。道行く人の胃袋を無差別に刺激してはばからないこのトンコツスメル……ホシは愉快犯に違いない。

ライター清水

「手を挙げろ、トンコツ罪でタイホする!……なーんてハズはなく、絶メシリスト広島版の取材です」

藤本さん

「はい、こんにちは。お待ちしてましたよ」

オヤッ、この店内は……

この中華然とした内装!

いつまでも眺めていたい値段表!

……………誰?

ライター清水

「お父さん、この店の雰囲気よすぎるっすよ。ザ・中華そば屋としてのたたずまい、最高でしょ!」

藤本さん

創業して60年以上ここに移ってからももう30年以上経っとるけぇね。30数年の間に店は何回かきれいにしたけど、すぐ元に戻ってしまうんよ」

ライター清水

「永遠にこのままでいいと思います」

藤本さん

「じゃ、ラーメン食うか?」

ライター清水

「はい、よろしくお願いします!」

暴力的な臭いに引き込まれ、中に入るとナツカシの中華そば屋を絵に描いたような店構えに完全にノックアウト。ほとんどハラペコホイホイと化している上海総本店、その臭いの根源である中華そばはどんな味だろう?

トンコツ炊いて6時間
味は60年以上も不変

藤本さん

「床が汚れとるけぇ気ぃ付けて。しょうゆダレは創業から60年以上、継ぎ足し継ぎ足しで使っとってね。前の店からここに来る時も、寸胴ごとこぼれんように運んで来たんよ」

ライター清水

「店のウリであるトンコツスープはどれくらい炊き込んでるんですか?」

藤本さん

「今日は3時すぎに来て炊きはじめたけぇ、もう6時間近く? 今日はあんたらが早い時間に来る言うけぇ、早う来てやったんよ」

ライター清水

「わざわざ取材のために、ありがとうございます!」

ライター清水

「(湯切りする姿を見て)麺を上げるタイミングは身体で覚えてるんですか?」

藤本さん

「今は時計を見たんよ。ほら、時計があるけぇ」

ライター清水

「あ、ほんとだ。正面にしっかり時計が置いてある」

藤本さん

「見るけど実際はあまり気にしとらんよ。40年近うやりよることじゃけえ、身体が勝手に動くしね。ただ、20年前に脳梗塞をやって以来、手が思うように動かんで。細かい麺を取るのが大変なんよ」

ライター清水

「そんな体調なのに厨房に立たれてるんですね……」

では熱いうちに頂戴します!

ライター清水

「ずずーっ。あれ? そんなに濃くない。めっちゃ濃厚なスープを想像してたのに」

藤本さん

思ったほど濃くないでしょ? 『こってりで』って言われないと、こんなもんですよ。臭いは店自体に染み込んどるからね。小学生なんかよく店の前を通って『臭い!』って言ってますよ」

ライター清水

「これはベーシックなしょうゆトンコツですね。広島ラーメンど真ん中。麺も中太のストレート」

藤本さん

「ウチはじいちゃんが満州から帰ってきて製麺所をはじめて、それが最初なんです。じゃけえ何年か前までは麺も自分のとこで作っとって。店やりながら昼に自宅の工場に戻って次の日の麺を作って、また帰ってきて店をやって――ってやりよったけど、わしの体力の問題と機械の老朽化でやめたんよ」

ライター清水

「具はネギ、チャーシュー、モヤシ、メンマのベストバランス。チャーシューは薄手で脂分が少なく、スープを吸っていい感じです」

藤本さん

「味は店をはじめた親父の頃から何も変えとらんですよ。あ、先代のときはウンもスンもなくコショウをガーッ!とかけて出しよったんです。夏場なんてスープとコショウで身体が熱くなって、汗が噴き出して。だけどその後、スーッと涼しくなるって評判でしたよ」

ライター清水

「あ、おでんもあるじゃないですか! 広島ラーメンの定番である“おでんセルフサービスシステム”。こちらも追加でいただきます」

ライター清水

「ぷはー。仕事なのに幸福しかない時間をすごさせてもらいました。さすが先代の味を守って40年以上!」

藤本さん

「でもわしもそろそろ引退かな……今日もこれから店の改装の工事の人が来るんじゃけど、店の雰囲気はそのまま残してきれいにするのがいいんかな? これが最後の仕事ですよ」

ライター清水

「お腹いっぱいになったんで、次は継承の話をしっかり聞かせてもらいます!」

跡継ぎがワンサカいる!?
店を守り続けた双子の仲

そもそもこの「絶メシリスト」という企画、「絶やすわけにはいかない絶滅寸前のグルメを守ろう」というのがコンセプト。昨今日本全国で問題になっている事業継承者不在という現実に向き合い、なんなら跡継ぎの募集までこのサイトでやっちゃいましょうと活動を進めているのだが……。

跡継ぎ、間に合ってますね
ライター清水

「いやー、ちゃんと跡継ぎがいるってスバラシイですよ。『跡を継いでくれ』って藤本さんから頼んだんですか?」

藤本さん

「五分五分かねぇ……『おまえが次期社長じゃけぇの』くらいのことはさりげなく言ったかもしれんけど」

ライター清水

「サブリミナルな刷り込みが息子さんの心を動かしたんですかね? 何をキッカケに継ぐことに?」

藤本さん

「それまでは別の店でバイトしとったけど、さっき言ったように2002年にわしが脳梗塞になって。そこから手伝ってくれるようになったんです」

ライター清水

「脳梗塞は大変でしたけど、ケガの功名というか息子さんが店を継ぐキッカケになったのかもしれませんね。ところで……他にも若い店員さんが2人おられますけど、あれはどちら様?」

藤本さん

あれは孫。娘の子供で椎葉圭介と妹の椎葉ゆい。圭介はこの前からウチの会社の役員をやっとるよ」

ライター清水

「お孫さんも一緒に働いてるんですか!」

藤本さん

「そうよ。じいちゃんは製麺所じゃけえ1代目とは言えんけど、親父を1代目とすると、わしが2代目、息子が3代目、孫が4代目……まだ小さいけど裕次の子供もおるけえね。今は4代目の途中って感じじゃないかな?」

上海総本店、盤石じゃん。

藤本さん

「跡継ぎもおるけぇ、わしもそろそろ引退よ……」

ライター清水

「そんなこと言わず、できるところまで頑張りましょうよ」

藤本さん

「でもライバルがおらんようになったけぇね。ついこの前の5月20日、ずっと一緒に店をやっとった双子の弟が店を辞めたんよ。『健康寿命は70歳じゃけえ、わしもう辞めるわ』って」

ライター清水

「ああ、双子の弟さんと一緒に店を切り盛りしてたんですね。それは張り合いがなくなりましたね……」

実は上海総本店は長年、藤本さんと双子の弟の英二さんの2人が中心になって店を運営してきた。最初は福岡の大学でフラフラ遊んでいた藤本さんが両親に引き戻され、店が繁盛して忙しくなると、病院の厨房にいた英二さんも店に引き込まれた。創業者である父が引退すると、以降はまさしく二頭体制。出前もシフトも2人で駆けずりまわり、40年近く上海総本店の看板を守ってきた。その英二さんが先日引退……まさに相棒であり分身でもある“ライバル”の決断は、藤本さんの心を大きく揺さぶったという。

ライター清水

「苦楽を共にした弟さんがいなくなって……それは淋しいでしょう」

藤本さん

「いや、でも魚釣りは毎週一緒に行きよるよ。この前も浜田まで行ったし」

ライター清水

「めっちゃ仲良しじゃないですか! お2人、まだ全然できるでしょ」

藤本さん

「まあ、わしも息子が『出るな!』って言ったら店に出んけど、人数が足らんかったら手伝わんわけにはいかんじゃろうしなぁ……」

2代目のご主人と3代目の息子さん、4代目を目指す2人のお孫さん、さらにご主人の長年のライバルであり絶対的パートナー・双子の弟……上海総本店の中華そばを紐解くと、この店に集まって生きる大ファミリーの姿が浮かんできた。きっと上海総本店は、この先もまだまだ続いていくに違いない。あ、わかった! もしかして、あの濃厚なトンコツ臭のダシの元って、この――

 

濃厚な血縁関係なのかも。

取材・文/清水浩司

撮影/キクイヒロシ

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